時間と場所にとらわれずに働けるリモートワークはライフワークバランスを向上させる新しい働き方として多くの企業で歓迎されましたが、その一方で、リモートワークがもたらす健康リスクについては、まだ十分に認知されていません。
そこで今回は産業医監修のもと、リモートワークにおける健康問題を探り、企業が従業員の健康を守るために実践できる健康管理・維持対策を紹介します。
無視できないリモートワークにおける健康問題~リモートで働く従業員に何が起きているのか?~
リモートワークには通勤時間やオフィス運営コストの削減、事業継続性の維持、柔軟な働き方の実現による従業員満足度の向上、広範囲からの優秀な人材の確保など多くのメリットが認識され、今では積極的に導入する企業が増えています。
しかし、こうした”リモート礼賛”の一方で、デメリットも徐々に浮き彫りになってきました。その一つが従業員の健康問題です。
厚生労働科学研究班が2023年に四季報登録の上場企業3,794 社を対象に実施した「全国上場企業におけるテレワークの実施状況と健康管理状況」の調査によれば、企業側も従業員の健康課題を認識しており、特に運動不足とコミュニケーション不足による心身の負担が顕著だとする回答が目立っています。
すでに健康問題を抱えてしまったことによる離職例も数多く報告されていますから、企業としては決して看過できるものではありません。
(参照:令和 4 年度厚生労働科学研究費(労働安全衛生総合研究事業)担研究報告書「全国上場企業におけるテレワークの実施状況と健康管理状況」)
では、リモートワークにおける健康問題として、どのような症状が挙げられているのでしょうか。具体的に見ていきましょう。
リモートワーク導入による健康問題の具体例
身体的健康リスク
運動不足による体重の増加、高血圧、心肺機能の低下
リモートワークでは必然的に活動量が減少します。すると消費カロリーより摂取カロリーが上回って体重が増えたり、余分な塩分のために血管に負担がかかって高血圧を引き起こしたりします。また、運動不足により筋肉量が減少することで心肺機能低下リスクにもさらされます。
日本の通勤は長時間と混雑が常態化しているため、多くの人にとっては”ストレスの根源”として敵視されていますが、デスクワーク中心のビジネスパーソンにとっては貴重な運動の機会という面も否定できません。たまに出社したときの歩数を見て「リモートと出社ではこれほど活動量に違いがあるのか」と驚いた方も多いのではないでしょうか。
長時間同じ姿勢を取り続けることによる肩、腰、背中などの不調
座りっぱなしで長時間同じ姿勢を取り続けると筋肉を緊張させ、血行不良で肩や腰、背中などにコリや疲労感が生じてしまいます。
「単なるコリ」と軽視されやすい症状ですが、放置すると頭痛や吐き気、さらには腕や脚にしびれを感じて業務に支障をきたすこともあるので注意が必要です。
パソコンやスマホの使用頻度増加による目の不快症状、視力低下
パソコンやスマホ、タブレットなどを長時間凝視すれば眼精疲労となって目のかすみやぼやけ、充血、ドライアイ、頭痛、吐き気などのさまざまな不快症状を招きます。端末から発せられるブルーライトも眼精疲労に大きく影響しますから、目にかかる負担は相当なもの。
リモートワークでは「昼食を取りながらパソコンを操作する」「休憩時間でもスマホで何かを閲覧してしまう」……といったことが増える傾向にあるため、これといった自覚症状がなくても知らず識らずのうちに視力が低下している場合もあるでしょう。
栄養バランスの悪い偏った食事による体重の増加、生活習慣病
自宅にいることで食べ物へのアクセスが容易になると摂取カロリーが消費カロリーを上回り、体重が増えがちになります。
また、自宅にある偏った食材で食事を簡単に済ませようとしたり、多忙ゆえにカロリー過多の出前を取る頻度が増えたりすると、糖尿病や心血管疾患、高脂血症などの生活習慣病のリスクを高めます。特に、加工食品や高脂肪食、高糖質食の過剰な摂取は、これらの病気の発症につながるので注意が必要です。
自宅での自炊は健康的だと思われがちですが、食材や調味料、量によっては外食とほぼ変わらない結果になることは意識しておきたいところです。
精神的健康リスク
対面コミュニケーションの機会減少による孤独感・孤立感
リモートワークでは同僚との直接的な対面交流が減少します。リモートワークであってもメールやチャット、ビデオ通話などにより業務上必要なコミュニケーションは取れますが、身振り手振り、表情、目の動き、体の姿勢といった非言語的要素を通じた深いコミュニケーションや、対面ならではの即時のフィードバックは難しいでしょう。
必要最低限のオンラインコミュニケーションは従業員の孤独感や孤立感を深めてしまう可能性があります。
孤独感や孤立感は企業への帰属感や業務への愛着、同僚との連帯も薄くしてしまう要因になるため、こうしたことを理由に退職を検討する従業員も少なくありません。
ワークライフバランスの崩れによるストレスの増加、睡眠不足
リモートワーク、特に在宅勤務では業務で使用する端末があればいつでも仕事ができてしまうため、”うっかり残業、つい残業”の状態が続くことがあります。長時間労働はストレスの元となるうえ、睡眠不足につながるため、結果的にワークライフバランスが崩れてしまう場合も。
リモートワークはワークライフバランスを維持しやすい働き方ではありますが、だらだらと残業してはせっかくのメリットを台無しにしてしまいます。
不明確な業務評価による不安感の増大
リモートワークでは従業員の働きぶりを業務管理者が直接確認できないため、部署や職種によっては「真面目に仕事をしているが、果たして評価されているのか?」と不安になる従業員もでてくることでしょう。特に定型業務には売上や成約の報告、成果物の提出といったわかりやすい判断材料がない場合が多く、従業員から不安・不満の声が上がってもおかしくありません。
リモートワークが合わないことによるストレスの増大
リモートワークは柔軟な働き方を望む多くの従業員から歓迎されましたが、誰にとってもメリットがあるものとは言えません。作業環境によっては出社時より生産性が落ちることがありますし、オフィス以外ではなかなか集中できない従業員もいます。
こうしたリモートワークが合わない従業員が一定の割合で存在しますから、”リモートワークは善”として導入を強引に推し進めるとストレスゆえに離職者がでてしまいかねません。
リモートワークにおける健康管理の重要性
従業員の健康状態の悪化は生産性、企業全体の業績だけではなく、企業が負担する医療費や離職者の増加、社内の士気の低下、最終的には企業評価の損失を招きます。そのため、企業はリモートワークという働き方に潜在する健康への影響を改めて認識したうえで、従業員の健康管理とリスク予防を徹底しなければなりません。
企業が従業員の健康を経営戦略の一環として捉え、積極的に健康管理を行うことを最近では「健康経営」と呼ぶようになっています。
株式会社帝国データバンクが2023年に実施した「健康経営への取り組みに対する企業の意識調査」によれば、健康経営に取り組んでいる企業は 56.9%に及びました。
取り組みの具体的な内容は定期健康診断が88.4%でトップ、健康経営の基礎中の基礎ですが、従業員に健康維持を働きかける必要があると考える企業が増えていることは確かです。
(参照:株式会社帝国データバンク「健康経営への取り組みに対する企業の意識調査」)
リモートワーク導入企業が実践できる従業員の健康管理・対策
企業を成り立たせるのは”人”です。従業員に健康リスクが及んでは、企業の持続的な成長を期待できません。
自社の大切な人材を守るために、企業は次のような健康管理・維持対策を積極的に行いましょう。
健康診断の徹底とオプション検査費用負担の検討
労働安全衛生法第66条により、雇用者は健康診断を必ず行わなければなりません。従業員数が数人の企業であっても健康診断は企業としての義務ですから徹底しましょう。
毎年受診に前向きではない従業員がでてくるとは思いますが、根気強く説得して受診させてください。
また、リモートワークによる健康への影響は一般健診では見つかりにくいことがあります。体調不良による欠勤や離職者が増加傾向にある場合は福利厚生の一環として、がん検査をはじめとするオプション検査費用の会社負担を検討しましょう。
リモートワーク環境の整備・リモートワーク手当の支給
リモートワークに適した環境の整備は企業側が積極的に行うのが理想です。業務に対応できるスペックのパソコンや外部モニター、キーボードなどのほか、簡易型のパーテーションや長時間座っていても疲れにくい椅子などもここに含まれます。
リモートワークを円滑に進めるためのツール購入費用や通信費を賄うリモートワーク手当の支給も間接的ではありますが、一定の効果が見込めるでしょう。
労働時間を客観的かつ正確に把握して残業時間を削減する
残業による長時間労働は健康に深刻な悪影響を与えます。ところが、リモートワークでは労働の実態がわかりづらいため、従業員が体調不良になってはじめて長時間労働が明るみに出ることも。
そのため、従業員の自己申告に頼らず、労働時間を客観的かつ正確に記録できるICTツールの導入を検討しましょう。このような記録があれば、長時間労働に陥っている従業員に対して声かけしたり、担当管理者に業務量やフローの見直しを促したりする際の根拠になります。
業務評価制度を見直して不安を取り除く
従業員が評価に対して不安を抱かないよう、業務評価制度をもう一度見直してみましょう。特に、今まで定型業務の評価基準が曖昧だった場合は、リモートワークを前提とした基準に変更する必要があります。
一方で、制作や営業など成果主義に沿う業務であっても、勤務態度を何らかの形で確認することも忘れずに。評価方法の不平等は社内に不協和音を生み出す原因になります。
ハイブリッド勤務を導入して活動量とコミュニケーションを増やす
フルリモート勤務を導入している企業は出社を希望する社員のために、週に何日かは出社するハイブリッド勤務も並行して運用してみてはいかがでしょうか。
通勤で必然的に活動量が増えるうえ、出社している同僚とコミュニケーションを深められます。毎日の通勤は負担になるとしても、週2、3回であればリフレッシュのきっかけになるでしょう。
ウォーキングやハイキングなどの社内イベントを実施して運動不足解消を促す
ウォーキングやハイキング、ヨガなどを行う社内イベントの開催は、活動量を増やす機会になります。個人では気が進まなくても、気の合う同僚と一緒であれば参加する従業員もいるでしょう。社内親睦も兼ねて、こうしたイベントを企画してみるのも手です。
イベント成功のポイントは「体力レベルを問わない内容にする」「長時間拘束は避ける」「高額な費用をかけない」「参加を義務化しない」の4点。このうち一つでも欠けるとイベント参加率は大幅に下がってしまいます。
なお、遠方に居住する従業員が多くイベント開催が難しい場合は、チャットやメール、ビデオ通話で歩数をはじめとする運動習慣を報告し合う方法があります。
健康的なランチメニューの提案
社内で健康的なランチメニューや食材の情報を共有すれば、食生活を見直す良い機会になります。まずは加入している健康保険組合から送られるメールマガジンや機関紙に食事や栄養、メニューについての有益な情報を社内で意識的に共有してみましょう。休憩中に自宅で簡単に作れる健康的なメニューは実用的で非常に参考になります。
予算に余裕があれば栄養士と契約して、リモートワークであることを考慮したメニューを考案してもらい、社内で共有することもおすすめです。
メンタルヘルス相談窓口を設置する
社外メンタルヘルス窓口の設置を検討してみましょう。リモートワークで悩みがあっても「リモートワークに対応できないと思われる」「会社の方針に批判的だとみなされそう」といった理由で上司や同僚になかなか相談できない可能性が考えられるからです。
法人向けのメンタルヘルスサービス企業との契約となるため費用がかかりますが、体調不良による休職や離職者の増加を防止する対策になりますし、健康経営を実践する企業として社内外から高い評価を得られるようになります。
定期的に面談の機会を設ける
業務管理者が業務の進捗状況や困っていることなどを早い段階で認識できるよう、従業員と定期的に面談する機会を設けましょう。オフィスでの対面、あるいはオンラインでも構いません。その際は一人ひとり個別に行い、必ずプライバシーを守るようにしてください。
リモートワーク下において従業員との面談は出社時より重要性が増します。対面でのコミュニケーション機会が減る分、企業と業務管理者が意識的にコミュニケーションを図り、従業員が置かれている状況や気持ちを理解することが大切です。
従業員の健康は企業の財産です!
従業員の健康問題に対する企業の取り組みは、単なる福利厚生を超えた経営戦略の一環として捉えるべきです。適切な健康管理と維持対策を実施することは、従業員の幸福感を高め、生産性の向上につながります。
従業員一人ひとりの健康は、つまるところ企業の資産であることを忘れずに、これからも健康第一の職場環境を目指していきましょう。